『天使はそっと、舞い降りる』
時刻はPM23:55。 あと5分で日付が27日に変わろうとしているこんな真夜中に、
一騎は一人 悶々と総士の部屋の前で眉間に皺を刻みながら悩んでいた。
「どうしよう…。」
そう言う一騎の手には、両掌を広げても それより僅か一回り大き目の綺麗にラッピングを施された箱がひとつ。
その箱の中からは、ほんのりと甘い香りが鼻孔を擽っていた。
「でも、やっぱりこの日じゃなきゃ意味ないもんな。」
自分に言い聞かせるように言葉を吐き、意を決して扉の戸を軽く叩く。
……すでに時は0時を過ぎていた。 どうやら、一騎が悩んでいる間に日付が変わってしまったらしい。
―――――コンコン。
静まり返った音の無いアルヴィス内の廊下に、その音だけが木霊するかのように響き渡っていく。
「総士、俺だけど……」
扉の向こうにいるであろう人物に話しかけると、
吸い込まれるようにして その声が無音の世界へ飲み込まれていくような感覚に陥る。
もともとお世辞にも居心地が良いとは思えなかった場所なだけに、
さらに孤独感が押し寄せてきて それを遮るように一騎は首を横に振った。
『一騎…、か?』
聞きなれた馴染みのある声が、扉の奥から一騎の耳元へと届き 安堵を伝える。
常に落ち着いた優しい声。 その声が一騎は好きだった。
「そう。 今、平気か?」
『ちょっと待って』
その言葉と共に、一騎の目の前の扉が開かれ その先には己が求めていた人物が映りこむ。
長くて柔らかい亜麻色の髪と、それをさらに引き立てるかのように澄んだ薄いグレーの瞳。
同い年のはずなのに、端整で穏やかすぎるその表情に何度も鼓動が跳ね上がった。
「こんな時間に何の用?」
もっともな質問を投げ掛けられ、一騎は咄嗟的に視線を反らしてしまう。
さっきまで強気でいたのに……いざ本人を目の前にしてしまうと、どうも心が揺らいで鈍ってしまうようだ。
「とりあえず、中に入る? ここで立ち話も何だし。」
「……うん。」
軽くほくそ笑んだ総士の顔をまともに見る事ができず、一騎はゆっくりと室内へと足を踏み入れていった。
今までに何回か訪れたこの部屋は、一度見てしまえば全てを把握できるほどに綺麗な部屋で…。
いや、むしろ何も無いからこそ綺麗で全てを把握できてしまう……そんな寂しい部屋なのかもしれない。
「あ!やっと来た〜。」
部屋の奥へ足を進めようとした瞬間、総士とは明らかに違う明るい声に思わず一騎の動きがピタリと止まる。
「乙姫…ちゃん…?」
にこにこと無邪気に微笑むその顔は何とも愛らしく、その笑顔を見る度に一騎は総士の表情と重ね合わせていた。
きっと、総士が心の底から微笑んだらどんなに綺麗だろう…、と。
今まで軽く微笑む事はあっても、決して心の底からは笑ってはいなかった。
だからこそ、一騎は総士の本当の笑顔を見てみたいと……そして、それを引き出すは自分であっていたいと、
常に心の奥底で思っていた。
自分から総士の心を沈めてしまったくせに、今更………とも思うが、それでも一番大切な人だから。
沈めてしまったのが己自身なら、またそれを引き出させるのも己自身でいたい。
「遅いよ、一騎。」
「何でこんな時間に乙姫ちゃんがココに…」
驚きのあまり当然の様に浮かび上がった疑問を投げ掛ければ、当たり前の様に返事を返される。
「理由は一騎と一緒だと思うけど?」
「俺と…?」
そう言って乙姫が指をさす先を追っていけば、そこには一騎が持って来た綺麗にラッピングの施された一つの箱。
それは一騎が今日というたった一日の大切なこの日に、総士の為に作ってきたものだった。
「………」
暫し無言のまま立ち竦んでいると、すぐ隣に居た総士が怪訝そうな表情で一騎を覗き込み、
明らかに不機嫌な色を持った声で話しかけてくる。
「一体何なんだ、二人とも。」
二人がこんな真夜中に押しかけてきた事の理由がまったく理解できない総士は、
交互に二人へ視線を送り 軽く溜め息をつきながら呆れているようにも見えた。
ソファーの上に座りながらクスクスと笑みを零す乙姫と、未だ入り口付近で視線を泳がせている一騎。
どうにも落ち着かない雰囲気の一騎に、何か話があるのだろう…と思いながらも、
その内容がまったく推測できないでいた。
「とりあえず、座ったら?」
ポフポフ、っと自分が座っているソファーを軽く叩きながら、乙姫がこの場を切り出す。
「あぁ、そうだな。 とりあえず座って……って、僕の部屋なんだけど、ココ…。」
「いいじゃん。 総士はそんな事 気にしないの〜!」
にこにこと笑いながらあっさりと促す乙姫に、総士は半ば諦めのような表情を浮かべ一騎に座るようにと視線を送った。
それを感じ取った一騎は、兎にも角にも ここで突っ立ていても埒があく訳でもなく、
申し訳なさそうにして乙姫が座っているソファーへと腰を落ち着かせる。
「それで?こんな真夜中に二人してどうしたの。」
総士はテーブルを挟んでソファーの向かい側にあるベッドに腰を下ろし、足組みをしながら一騎たちを見つめた。
その あまりにも真っ直ぐすぎる視線に、一騎は一瞬 目を反らしそうになるが、ここで反らしてしまっては
また逆戻りだと自分に言い聞かせ やっとの思いで口を開き始めていく。
「…総士、今日が何の日か……覚えてる?」
「今日?」
ちらりと時計を見れば、時刻は0時をとっくに回っており、日付的には12月27日を指し示している。
しかし、それが何だ、と言わんばかりに総士は表情を歪め、誰が見てもすぐに感じ取れる程
まったく分からないという顔をしていた。
「やっぱり忘れてる………」
あまりにも予想通りの反応を示す総士に、一騎は大きく項垂れガクリと肩を落とし、
その傍らでは 乙姫も やや呆れ気味になり、ぷくっと頬を膨らませながら総士に視線を投げ掛けていた。
「総士、お前 鈍感なのにも程があるぞ。」
「な…っ!」
いきなり真夜中に押しかけられ、それでも追い帰す事ができずに部屋に招き入れたのに
今日が何だとか、挙句の果てに小バカにされてしまっては流石の総士も感情を露わにせざるを得ない。
けれど、総士が声を荒げるより一瞬先に、一騎は自分が持ってきていた箱をそっと総士の前に差し出してきた。
「はい、コレ。 総士の為に作ってきた。」
「……僕、に…?」
いきなり自分宛てに差し出されたそれに、総士は一瞬にして怒りを削がれ きょとんと瞳を丸くする。
たどたどしくも 差し出された箱を受け取ると、そこからは ふんわりと漂う甘い香りが総士の鼻孔を擽った。
流石にここまでくれば、その箱の中身が何なのか察する事は容易である。
「えっと……誕生…、日…?」
案の定、箱の中身は一騎お手製のバースディケーキ。
そのケーキの中央には、薄い板チョコに 白のチョコレートソースではっきりと大きく書かれていた。
『Happy Birthday TO SOSHI』
ケーキを見た瞬間、総士は硬直し、どうやら思考が停止してしまったらしい。
自分の誕生日すら本気で忘れていたのに、それを一騎と乙姫が覚えていてくれて……
それでいて、尚且つ そんな自分をわざわざ祝いに来てくれたという事が、どうしようも無いくらいに嬉しかったようだ。
必死に今の現状と自分の気持ちの整理をしている総士は可愛らしく、
柄にもなくあたふたとしているその姿が 微笑ましくて仕方がない。
「 「 総士、誕生日おめでとう 」 」
一騎と乙姫の二人の声が重なり合い、まったく同じ音を発する。
その一言で、総士は ようやく慌しかった思考を繋ぎ合わせると、頬を染めながらぎこちなくも謝礼の言葉を小声で紡いだ。
「ありが…と、う……。」
さっきまでの勢いはどこへいったのやら、すっかり総士は気弱になってしまい、俯いたまま顔をあげようとはしない。
長い亜麻色の髪がサラサラと音も立てずに肩を滑り落ち、その綺麗な貌を隠してゆく。
けれど、彼の貌を覗かなくとも、今 彼がどんな表情をしているのかなんて
一騎と乙姫には手に取るように分かっていた。
お互いに顔を合わせ クスクスと悪戯っぽい笑みを浮かべると、それに感づいたのか総士が勢いよく顔をあげる。
「何がそんなに可笑しいのさ…。」
ぷくっと頬を膨らませ、普段の凛々しい姿など感じさせずに僅かに声を震わせながら総士は二人に問いかけた。
「別に?」
未だ薄く笑みを含んだ口元で一騎は答えるが、勿論それで総士は納得がいくわけがなく…
ほんのりと瞳に涙を溜め、耳まで赤く染め上げながらも 視線を反らす事なく二人を見ていた。
しかし、そんな雰囲気を打ち消すかのように乙姫が いきなり立ち上がり、総士へと歩み寄る。
「私もね、総士にプレゼントがあるの。」
そう言って差し出されたものは……トップに小さな蒼い石が嵌め込まれた、至ってシンプルなペンダント。
シャラン…と金属製のチェーンが擦れるような音がし、それを総士の首元まで持ってくると
乙姫はそっとそれを付けてやろうとするが、アルヴィス内の制服を着ている総士のスカーフが邪魔で
薙ぎ払うようにしゅるっと解いていった。
「つ、乙姫っ?!」
「だって、スカーフなんてしてたら コレ付けられないでしょ。」
パサッとスカーフを床へと落とし、今度こそ総士の首元へとそれを付けてやる。
白い肌の上に浮かび上がる蒼くて小さな石が、蛍光灯の光を浴びて鈍く輝きを放った。
「その石はね、ターコイズって言って…、総士の誕生石でもあるんだよ。」
「誕生石?」
「そう。 ターコイズの持つ石の意味は 『成功』 」
その言葉と共に、突然 柔らかな何かが総士の頬に触れた。
それは、乙姫から総士に宛てての優しいキス。当の本人は理解するまでにほんの少しの時間を要したが、
後方で一部始終を見ていた一騎は勢いよく立ち上がり奇声に近い声をあげる。
そんな一騎を横目で見ながらも、乙姫は総士の耳元で一言 そっと囁いた。
「総士はね、もっと色んな事を欲しがって良いんだよ」
「っ!」
瞬間、総士の瞳が大きく揺れる。
そんな総士ににっこりと微笑むと、
「それじゃ、私 は帰るね。 渡したかった物も渡せたし」
そう言って、一騎と総士が引き止める間もなく立ち去って行ってしまった。
まるで嵐が過ぎ去ったかのようなこの一瞬に、動揺を隠し切れない一騎と総士。
総士に至っては、この僅かな時間の間にいろいろと有りすぎて困惑を通り越し惚け気味でもあった。
「と、とりあえず、ケーキ。 食べようか?」
少々ぎこちなくも笑みを浮かべ総士が一騎にそう促すと、無言のまま一騎は立ち上がり
総士が腰掛けているベッドへ座り込んできた。
二人ぶんの重みに、ギシッとスプリングが軋み その音が部屋全体に響き渡る。
「一騎?」
「俺が食べさせてやる。」
「……へ?」
そんな台詞と共に一騎の指が机の上に置かれたケーキへと伸びていったかと思えば、
その綺麗な指先が真っ白なクリームを絡め取っていった。
「ほら、口 開けて」
クリームを絡めた指がゆっくりと口内へ侵入してくる。
驚きのあまり身体を大きく跳ね上げると、白濁が一滴 ポタリとベッドの上に染みを作った。
「…ンッ?!……ふ…っ……んん…っ」
ぴちゃぴちゃと耳に付く厭らしい音をわざと立てながら、一騎は口内を犯し続ける。
その度に熱い吐息が漏れ、唾液と共に一騎の指を濡らしていく。
何度もクリームを掬い取っては総士の口内へと運び、徐々に形の崩れていくケーキ。
しかし、そんな事を気にしている余裕など今の総士にはある筈もなく、ただ口内へ運ばれてくるそれを
必死になって舐め取っていた。
「……ふぁっ……ん…ぁ……」
次第に飲み干しきれなくなってきた唾液に混じるクリームが、口端から流れ落ち総士の衣服を汚していく。
口内で舌と絡み合っていた指先が口蓋までなぞり始めると、その息苦しさについに総士は咳き込み始めた。
「…っ」
咳き込んだ際に僅かに噛まれた歯の感触に一騎は鈍い痛みを感じつつ、そっと指を引き抜いた。
すっと引き抜かれた指を追うように、銀色の糸が唇と指先を繋ぎ……やがては空中でぷつりと切れる。
「…か、ずき……っ…いきなり何する……」
涙を浮かべた瞳で視線を交わせると、ほんの少し嗤った一騎と出会った。
そんな一騎に鼓動を僅かに跳ねながらも、咳き込んだ口元をきゅっと拭い一騎の身体を押し返そうと胸に手を添えるが、
反対に一騎に抱きすくめられる形となる。
力強く引き寄せられ、すっぽりと一騎の腕に納まりきる総士の細い身体。
それでも尚、密着した身体を引き離そうと総士は抵抗を試みるが、
ふいに耳元に下りてきた甘い囁きに、結局は無駄な足掻きで終った。
「好きだよ、総士。」
それはあまりにも優しくて、心地良く脳内へ馴染んで溶け込んでいく甘くて柔らかな低音。
「……っ…」
びくんっと身体を震わせ、引き離そうとしていた手から力が抜け落ちる。
そんな総士を一騎は身体の全神経で感じ取り、そっと抱きしめていた腕を開放すると
優しくベッドの上へ押し倒し、今度はゆっくりと、しかし確実に深く唇を重ね合わせていった。
「ん…っ……んぅっ…ンッ、んん…ぁ……っ」
そのまま舌を絡ませ、まだ僅かに残っていたクリームを互いの口腔内を行き来させながら溶かし、味わう。
「…は…っ、ん……く……ふぁっ…」
全てのクリームを溶かし合い、ゆっくりと唇を離した頃には……もう、ケーキの甘さなど残ってはいなかった。
「……総士」
未だその甘いキスに酔いしれている総士に呼びかけるが、虚ろとした視線は焦点を結びきれていないようだ。
熱い吐息を吐き、荒々しい息を繰り返すと瞳から溜まっていた雫が零れ落ちていく。
それを舌先で軽く掬い取ると、一騎はそっと服の上からやわやわと総士の胸を摩っていった。
「えっ…?!待…って…、一騎!」
急に与えられた刺激に一気に現実に引き戻され、無駄だと分かりつつも慌てて抵抗を始める。
しかし、そんな総士の抗議も虚しく服の上から確実に胸の尖りを摘まれ、思わず上擦った声があがる。
「あ…っ…ぁ…や…っ、あぁっ…」
直接触れられるのではなく、服の上からというじれったさが更に快感を駆り立てた。
きつくその粒を摘み上げる度に、びくんっと大袈裟な程に身体を跳ね上げ、
甘ったるい嬌声だけが静かな室内へ響き渡り、一騎の鼓膜へと直接浸透していく。
「やっ…ぁ、かず……きっ」
口では否定の言葉を紡ぐけれど、身体の方は素直に反応を示していて一騎の指を弾き返してくる。
それは服の上からでも分かる程に硬くなっていて、自分の指に感じてくれているという事が嬉しくて
一騎は瞳を細めふんわりと総士へ笑みを送った。
「……総士、このまま抱いてもいいか?」
君が確かにここにいると言う事を確かめさせる為に。
君が確かにここに存在している事を感じ取る為に。
一瞬、瞳を大きく見開いて総士は自分の耳を疑ったが、一騎に求められて嫌な筈がなく…
耳まで真っ赤にしながらも、小さくコクンと頷いた。
「……う、ん…」
総士の了解を得て、優しくゆっくりと服を脱がし始める。
時折 耳に付く衣擦れの音に、改めて羞恥を覚え総士は咄嗟に顔を背けるが、
反対に露わにされたその首元に一騎は迷う事なく吸い付いてきた。
「…っ…ぁ……」
「二度と、忘れられないような誕生日にしてやるから」
くっきりと印された赤い刻印。 もう、決して忘れる事なんて出来ないだろう。
自分が生まれてくる場所は選べないけれど、それでもここに生れ落ちてきた事には意味がある。
守るために、君の笑顔を見るために。 自分という存在が確かにここにある。
抱きしめ合い、互いの熱を持ち寄るようにそっと指を絡め、再び交わす甘い口付け。
「…ん…ぁ…ンッ、ん…っ」
苦し紛れで放った言葉も、全て抱き合った互いの体温の中へと消えていく。
けれど、それは何よりも欲しかったもの。 今 一番 必要としているもの。
すれ違う度に、痛んでいた心の傷を埋め尽くすように、今は……傍にいて欲しい。
渇いていた心も。 凍えていた記憶も。
何もかもが望んでいる。
二度と解かれる事のない、二人だけの永遠の絆。
乙姫に渡された蒼い石が鈍い輝きを放つ度に嫉妬は覚えたけれど。
それでも、今は……
「Happy Birthday 総士」
――――――――生まれてきてくれて、ありがとう。
END
・ Happy Birthday 総士 ・
と言う事で、何とかギリギリで書き上げた総士誕生日…。
気が付けば、一総←乙に…… (笑)
当初は乙姫が総士にキスをするのではなく、あれは一騎の役割だったのですが
書いていくうちに展開がメチャクチャに… (わわわ;;;)
ってか、初っ端から考えていた展開とまったく違くなっていました。 (な、何故…;)
ネタは、以前 募集させて頂いた中から何個か採用。
本当に有り難う御座いました。
心あたりの方、いらっしゃいましたら連絡下さると嬉しいですー!
ちなみに、自分で考えたのは誕生石ネタだけだったり……ゲフン。
2004・12・27
2005・2・3 再UP。
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