キラキラと零れ落ちる陽の光に反射して、透けて淡く色付く長くて綺麗な亜麻色の髪。
風が通り過ぎれば、その一本一本がまるで意思を持っているかの様にさらさらと揺れる。
ふいに振り返り、俺を見つめる姿はあまりにも美しくて。
太陽なんて霞んでしまうんじゃないかと、本気で思うくらい眩しい君の笑顔に、何度息を詰まらせただろう。
眩暈さえ覚える程の君の笑顔に、いつも理性を押さえ込むのに必死だった―――――。
『Sweet Love』
「一騎。どうしたの?早く帰ろうよ。」
すでに帰りのホームルームは終わっていて、教室には一騎と総士の二人だけが取り残されていた。
ただ漠然と総士の事ばかり考えていた一騎は、そんな事すら気付かずに自分の席に座り込んだままの状態で。
依然、上の空だった。
「一騎ってば!」
急に耳元で大きな声がしたと思って意識を現実に戻せば、目の前にはぷくっと頬を膨らませた総士の姿。
まるで子供の様なあどけないその表情に、思わず喉を詰まらせる。
「わっ……!そ、総士?!………って、アレ?」
周りを見渡せば教室に生徒は誰も残っていない。
窓の外を見れば、日は傾き辺りは薄暗くなり始めていた。
今日の天気は夕方から雨。
今朝の天気予報で聞いていた通り、どんよりとした重い雲が広がり今にも雨が降り出しそうな雰囲気だった。
「さっきから呼んでるのにっ!一騎のバカ!」
総士は相当ご立腹なようで、頬を膨らませたまま教室を出て行こうとする。
慌てて総士を追いかけようとするが、何の帰り支度もしていない一騎にはすぐ追いかける事なんて出来なかった。
「ちょっ!待ってよ総士!!」
「もう一騎なんて知らないっ」
咄嗟に制止の声を上げるが、あっさりとそれはかわされてしまった。
無理もないだろう。
散々呼びかけてもらっていながら返事をしていなかったのは自分なのだから。
「待ってってば、総士!」
一騎は素早く帰り支度を整え、急いで総士を追いかける。
廊下を出れば、窓の隙間から入り込んでくるひんやりとした空気が頬を掠めた。
普段は賑やかな廊下も、人気が無くなるとゾッとするほど静まり返り、
まるでそこに一人取り残されたような感覚に陥ったようで思わず背中に寒気が走る。
「総士…?」
ほんの僅か1分くらい前に出て行った総士の後を追いかけようとした一騎だったが、
見渡した廊下に総士の姿はなかった。
一層孤独感を浮き立たせるような感覚に、一騎は軽く身震いをすると急いで廊下の階段を下りようと足早に向かう。
すると、そこには…
「遅い!」
怒って先に行ったはずの総士が廊下の踊り場で待っていた。
怒っていたはずなのに。
俺なんて知らないって言ったはずなのに。
それでも待っていてくれている総士に一騎は改めて惚れ直す。
―――――――――やっぱり総士って変なところで優しいよな。
そう、心の中で苦笑しながら一騎は総士のもとへ駆け寄っていく。
「ごめん、ごめん」
「まったく。早くしないと降ってくるぞ」
「分かってるって。さ、帰ろう?」
そう言って、一騎は総士の手を引っ張り何事も無かったかのように昇降口へと向かって行った。
二人で帰るこの道筋は、誰にも邪魔されずに総士を独り占めできる時間。
一騎にとって、この時間は何よりも大切だった。
普段学校にいる間は、いろんな生徒がいて、先生がいて、友達がいて。
それら全てが総士を取り巻く。
嫉妬……って言葉は使いたくないけれど、まさに学校いる間はその言葉の通りだった。
「一騎さぁ、最近変だよ?」
総士との二人きりの時間を堪能していた一騎に、総士は不審そうに尋ねてきた。
覗き込むようにして見つめてくる総士に、一騎は必死に抑え込んできた何かが切れそうになる。
慌ててギリギリの所でそれを繋ぎ止めると、少し上擦った声で返事を返した。
「そ、そんな事ないよ!総士の考えすぎなんじゃない?」
「そうかなぁ…。」
「そうだよ。そんな事より、今日なんだけど……」
何とか、この場を切り抜けようと話題を変えようとした時。
ポツ、ポツと鼻の頭に水滴が落ちてきた。
それはやがて大きくなり、あっという間に大雨に変わっていく。
「わ、わわっ!」
本能的に咄嗟に軒下に逃げ込むも、時すでに遅し。
傘を持っていなかった二人はあっという間に全身ずぶ濡れになり、髪からも幾分か水滴が滴っている程だった。
「あー……ついに降ってきちゃった……。」
勢いよく降ってくる雨音を耳の奥で聞きながら、一騎がボーゼンと答える。
隣では、ムスッとむくれた総士が一騎を睨んでいた。
「……一騎の所為だよ。」
いつもより少し低めの声。
明らかに怒っているのは明白で、一騎は内心焦っていた。
「―――……やっぱり?」
一騎が軽く鼻の頭をかきながら苦笑すると、総士は大きく肩から息を吐き出す。
止む気配のない雨。
緊迫していく空気。
次第に冷えていく身体。
やけに鋭くなった神経に耳障りな雨音だけが響き渡る。
横目で隣を窺えば、ほんの少し肩を震わせている総士がいた。
季節は秋から冬に移り変わろうとしているこの季節。
この時期に濡れたまま外にいれば当然寒いわけで。
それでも尚、降り続けていく雨は一騎と総士の体温を容赦なく奪い去っていった。
このままでは流石にヤバイと思った一騎は意を決して行動に出る。
「えっ?!な、何?!」
急に後ろから包み込まれるようにして抱きしめられ、総士は驚き瞳を丸くする。
じたじたと暴れる総士の身体をさらに強く抱きしめ、一騎は耳元で囁いた。
「大人しくしてろ。」
いきなり耳元で発せられる声に、思わず身体がビクンっと反応する総士を尻目に
一騎は濡れて頬に張り付いた髪をそっと指先ではらう。
想像していたよりも遥かに細かった総士の身体。
普段触れる事はあっても、こんな風に抱きしめたのは初めてのことで……
改めて守ってあげたいと感じるほどだった。
「一騎?!」
未だにこの現状が理解できない総士は、尚も一騎の腕の中から逃げ出そうと必死に暴れていた。
けれど、力強く抱きしめられてはそれも敵わず、結局は一騎に丸め込まれるような形となっていて。
「このままだと風邪ひいちまうだろ。」
「…っ」
耳の奥に響くように発せられた一騎の声。
そんな声に、総士はようやく暴れていた身体を大人しくさせる。
いや、それよりも身体が金縛りにあったかのように動けなくなっていた、と言った方が正確なのかもしれない。
一騎は後ろから総士の顔を窺うと、耳まで紅く染め上げている事に気が付く。
そこで初めて、総士も同じように意識しているんだ、と何とも言えない嬉しさが込み上げてきた。
「総士……」
一騎が何かしら行動を起こすたびに小さく反応する総士。
そんな総士が可愛くて、愛しくて。
「総士の身体、あったかい…」
そこから伝わる人の体温。
一人では決して感じることのない温もり。
耳にかかる吐息でさえ安堵する。
「……僕も、暖かい……よ…」
そして後ろから抱きしめていた一騎の腕をぎゅっと握り返す。
冷えていた体はそこから新たな熱を生み、二人だけの空間が広がっていく。
初めは耳に付いていた耳障りな雨音も、今ではどこか遠くに聞こえていて。
緊迫していた空気もいつの間にやら消え去っていた。
「雨が止むまで、暫くこうしていようか…。」
「うん」
本当は抱きしめるだけじゃ物足りないんだけど。
今はこの時を壊したくないから。 何よりも大切な総士を守りたいから。
まだ、そんなに焦る必要は無いよね。
END
すんごく甘い2人を書いてみたかっただけの作品。
何だか砂が口から吐けそうなぐらいの勢いです(爆)
2004・10・24
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