この世界で君と 前編


『この世界で 君と -前編-』




総士の行動がおかしいと、そう気付いたのは極最近の事。
話しかけても何だかぎこちなくて、避けられているような…そんな感じがしてならない。
特に避けられるような事をした覚えが無いだけに、余計に気になって仕方がなかった。

「総士、今日一緒に帰らない?」
心に引っかかったままではどうにも落ち着かず、確認を込めて総士に帰路への誘いを伺ってみた。
しかし、それはあっさりと断られてしまう。
「ごめん。今日はちょっと寄る所があるから…。」
「そう…。」
考えてみれば、総士とこんな雰囲気になってからまともに話した事もないのではないだろうか…。
勇気を出して総士に告白した時、顔を真っ赤にしながらも応えてくれた総士。
散々悩んでいた事が嘘の様にお互いが想いあっていた事。
あの時から凄く幸せで、毎日が楽しくて仕方が無かった。
どんな事をしていても、いつでもどこでも総士と心が一つに繋がっていて…
初めてキスをした時も、身体を重ね合わせた時も、お互いが想い合っているからこその幸せで。
けれど、今のこの状況はあまりにも恋人同士…とは言えない様な雰囲気そのもの。
不安だらけの毎日。
もっともっと傍にいたいのに……。
「それじゃあ、僕 急いでるから」
まるで早く俺から離れたい、と言わんばかりに総士はこの場を促そうとする。
僅かに苦笑いを浮かべ、手早く帰り支度を整えると自分の席から立ち上がった。
「あ、あぁ。引き止めちまって悪かったな」
「ううん。こっちこそゴメン…。」
俺からさらに一歩距離を置いて再び謝罪の言葉を紡ぐ。
そのたった一歩の距離が壁となり、俺にとって果てしなく遠いものの様に感じた。
「じゃ、また明日な…」
俺がそう言うと、総士は軽く微笑み足早に教室を出て行く。
そんな逃げるようにしなくても…と考えていると、
一部始終を見ていたのか隣にいた剣司がいきなり話しかけてきた。
「一騎、もしかして総士にフラれた〜?」
「…っさいな。お前には関係ないだろ」
剣司の茶化すような言動に吐き捨てるように言い放ち、俺は次第に苛立ちを隠せなくなる。
自分がこんなにも醜かったなんて。
剣司の言う事は冗談だって分かっているのに。
何よりも、総士を信じてるのは自分自身のはずなのに。
情けないな…。 たった一言でこんなにも心が乱れるなんて。
「教えてやろうか?総士がいつもどこに寄ってるか。」
「―――っ!お、前…何か知ってんのか?!」
勢いよく剣司の方に振り向き、鋭い眼光で俺は剣司を睨みつける。
そのあまりの形相に、剣司は怯むようにして身体を強張らせた。
しかし、今はそんな事どうでもいい。 総士の事が知りたい。
どうして俺を避けるようにしているのか。
「そ、そんな怖い顔すんなよ…」
「いいから早く教えろ!」
間髪いれずに俺は先の答えを求めた。
急な俺の怒鳴り声に、まだ教室に残っていた数名の生徒がこちらの方に振り返る。
四方八方から浴びる視線をモロともせず、俺の視線は剣司に向けられたまま。
「甲洋んトコだよ…。」
一騎とは違い、周りの視線を気にしながらも剣司は答えてきた。
「甲…洋?」
「そう。最近は二人一緒に帰っていくのよく見かけるぜ?」
そう言われれば…確かにそうだ。
常に休み時間は一緒に話していたのに、最近は俺ではなく甲洋と話していた。
楽しそうに、それでいて時に照れるような素振りも見かけていた。
「くそっ」
俺は軽く舌打ちをすると、さっさとその場を立ち去る。
ふつふつと湧き起こる不安。 考えたくもない最悪の結露。
「お、おいっ、一騎!」
既に後ろで呼んでいる剣司の声など俺の耳には届いてはいなかった。
< 今、俺の頭の中を支配しているのは、何も言わないで俺を避けている総士に対する怒りと それでも尚、総士を欲して已まない『嫉妬』や『独占』という名の醜い感情。

―――――明日会ったら今度こそ聞き出そう。

そんな想いを胸の内に秘め、俺は無言のまま教室を出て行った。


翌日、今度こそ俺は総士を捕まえて話し合おうと試みるが、悉く逃げられて失敗に終わる。
そもそも休み時間なんて15分程度しかないのに、そんな僅かな時間で話がつくものなのだろうか。
それでも俺は、ほんの少しでも総士と話せればいいと考えていた。
しかしそれを裏切るようにして離れていく総士。
唯一の長い昼休みでさえ、総士を捕まえる事は出来なかった。
「総士…。俺の事、本当はどう思ってる?」
誰に話すわけでもなくポツリと言葉を漏らし、気が付けば周りの景色が霞んで見えた。
自分の総士に対する想いを知れば知るほど溢れ出るこの気持ち。

好き。
愛してる。

そんな言葉じゃ到底表し切れないくらいに君が愛おしい。

そしてあっという間に迎えた放課後。
帰りのホームルームも終わり、半ば気の抜けかけた瞳で総士の方を見やれば、 当然の如く甲洋と楽しそうに話している総士の姿。
ここ最近、すっかり俺の前では見せなくなったその笑顔は甲洋に向けられて…。
ずっとずっと俺だけのものだと思っていたのに。
「また、総士は甲洋と一緒なわけ?」
ふいに話しかけられ、俺は声のした方を振り向くとそこには剣司が立っていた。
< またお前か…と言いたい所だったが、そんな気力も無く俺は軽く頷く程度でその場をやり過ごす。
「何だか、心ここに在らず、って感じだな。今のお前は。」
「……放っといてくれないか、剣司。」
そんな事、誰に言われなくても分かってる。
今日一日、総士を捕まえようとしても結果は散々。
そればかりか、甲洋とあんなに楽しそうに話されては流石の俺だって気が滅入る。
幸せだった絶頂から、一気に絶望の淵に突き落とされたそんな感じに、誰が明るく出来ようか。
「まぁ、でも総士の気持ちも分からなくもないけどな。」
「どう…いう、意味だ?」
今の俺にとって、さらに追い討ちをかけるような言葉。
俺を追いつめて、そんなに愉しいか?
真剣に悩んで苦しんで…それでも諦め切れなくて。
そんな俺の心境などお構い無しに、剣司はづかづかと抉るように言葉を続けた。
「甲洋ってさ、何か頼りなさそうに見えっけど実際はすっげぇ頼りになるんだよな。
優しくて誰に対しても不満とか言わないで、誰かが喧嘩した時も自ら仲介に入ったりさ。」

そう言われればそうかもしれない。
俺が剣司と喧嘩したときも甲洋のお陰で仲直り出来たんだっけ。
常に相手の事を考えてストレートに優しくできて…
俺みたいに先走った行動もしないし、周りをよく見て物事を考えていて。
「それにさ、よーっく見れば甲洋のが総士より身長高いのな。」
思わぬところを指摘され、視線を二人のもとへ移す。
確かに。
二人並んでみれば明らかに甲洋の方が高かった。
「どうせ俺は……」
ポツリと、そう言葉を漏らしかけた刹那。 視界に映りこんだ光景に絶句する。
二人が教室を出て行こうとした瞬間、総士と走ってきた生徒一人の肩がぶつかり合い 総士がよろめき倒れそうになったのを甲洋の腕によって支えられたのだ。
もともと細かった総士の身体は、すっぽりと甲洋の腕の中に納まってしまい 到底俺なんかには真似なんて出来るはずも無く…。
「大丈夫?総士…」
「う…ん。ありがと、甲洋」
その会話の先に垣間見た、総士の微笑み。
これで何度目? 今日一日だけで、総士は甲洋に何回笑いかけた?

…嫌……だ。

ギュッと胸が締め付けられるような感覚に激しい眩暈を覚える。
苦しくて苦しくて……心が痛い。
お願いだから俺だけを見ていて。 俺だけを感じていて。
他の奴なんて見なくていいから……ずっと、ずっと俺だけを……。

好きなんだよ…お前の事が。 誰よりも、何よりも大切なんだ。
だから、俺に君を守らせて。
触れる事も、抱きしめる事も、その笑顔さえも全て俺の前だけにして。
お願いだから………お願いだから…。

もう、君以外の人なんて考えられないんだ。

二人が出て行った後、尚も続く息苦しさ。
必死に冷静を装うと試みるが、身体は正直で『嫉妬』と『独占』ばかりが占めていく。
「一騎。お前、あの二人追いかけなくていいわけ?」
少し呆れたような声色で剣司は俺に問う。
けれど、まるで金縛りにあったかの様に何故か身体が動かなかった。
今日一日ずっと総士を捕まえようとして必死になっていたのに、どうして今更…。

怖くなった?
本当のことを知ることが。
もし、総士が本気で甲洋を好きになっていたら……
そう考えるだけで、不安だらけの心はより一層締め付けられるような感覚に陥る。
「俺、は………」
曖昧に言葉を濁し、俯く俺に剣司は大きく肩から息を吐く。
まるでワザと聞かせるかのように吐き出された溜め息に、初めて俺は自己嫌悪というものに陥った。
「お前、あんま嫉妬ばかりしてっと、本気で甲洋に総士取られちまうぞ。」
「なっ……!」
冗談にしては度が過ぎる発言に、ついカッとなり本気で剣司を睨みつける。
視界が真っ赤に染まり、それは自分でも分かるくらいに瞳は紅く染め上がっていた。
「総士は誰にも渡さない。」
未だ嘗て無いほどの低音に、正直自分でも驚いた。
総士の事になると、周りが見えなくなるのはいつもの事。
そんな俺の性格や内面を知っている剣司は、軽く鼻で笑うと背中をポンっと押してきた。
「だったら早く追いかけろよ。」
何だか全て見透かされているような感じに納得はいかなかったが、今回ばかりは素直に剣司に従う。
きっと、今のチャンスを逃したらこのまま有耶無耶になってしまいそうな気がしたから…。
俺は黙ったまま頷くと、駆け足で二人の後を追いかけた。
「まったく…。一騎も総士に負けず劣らず不器用だよな。」
クスクスと笑いながら、剣司は机の上の物を片付け帰り支度を始める。
剣司は知っていた。総士の不可解な行動の理由も。
どうして甲洋とずっと一緒に帰ったりするのかも。
それらが全て一騎の為なんだという事を、剣司は前もって総士から全てを聞かされていたのだ。
「明日の二人が楽しみだな…」
そんな剣司の思いも露知らず、俺はバタバタと音を立てながら廊下を走り去っていった。










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一騎がひたすらに総士一直線です…。