この世界で君と 後編


『この世界で 君と -後編-』




「あ…れ…。靴がある…。」
とっくに校舎を出たものだと思って昇降口に直行してみれば、二人の靴はしっかり残されたまま。
靴があるということは二人はまだ校舎内にいるというわけで…
俺はその場で二人が行きそうな所を考えようとするが、どうにも思いつかない。
別にここで待っていれば必ず落ち合うのだけれど、一度決めてしまったら早く総士に会いたくて仕方がなかった。
「とりあえず上から探してみるかな…」
つまり、それは屋上からというわけで。
ただ単にいつも自分が行っている場所でもあった。

再び俺は駆け出すと、そのまま屋上へと目指していく。
確証はなかったけど、何だか二人とも屋上にいる気がしてならなかった。
もともと運動神経の良かった俺は、足も速く階段もあっという間に昇りきる。
そして屋上への扉に手をかけると、ゆっくりと押し開いた。
そこには、真っ赤な空と夕日と……それに溶け込むようにして馴染む二人の姿。
ザァッっと一陣の風が吹き、散らばった長い髪をかき上げようとした総士の瞳が俺を捉える。
「えっ…一騎?!ど、どうしてココに…っ」
その声に反応して隣に居た甲洋も俺の方へと視線を向けた。
「一騎?」
今、俺はどんな顔をしているだろう。 きっと凄く情けない顔をしているに違いない。
散々会って話したいとか思っていたくせに、いざ二人の姿を目の当たりにすると声すらも出てこなかった。
「ちょうど良かったじゃん、総士。……今日…なんでしょ?」
「そ、そうだけどっ…。こんな、いきなりなんて……」
戸惑いたいのはこっちの方なのに、何故か俺以上に目の前にいる総士の方が戸惑っていた。
夕焼けの影響もあってか、頬が紅く染まっている。

それは甲洋がいるから?
再び不安という闇が俺を覆っていく。
ここに…居たくない……。
そんな俺の心境とは裏腹に、ニコニコ笑っている甲洋と未だあたふたと戸惑っている総士。
「タイミング良く一騎も来た事だし、僕は先に帰らせてもらうよ?」
「ちょっ……甲洋!僕、まだ……っ」
必死になって甲洋の服の裾を掴み引き止める総士。
縋るようにして離さない小さな掌。
戸惑っているその表情は、次第に羞恥という名の別の表情を映し出す。
「大丈夫だから。自信持って、総士。」
「でも、でも…っ」
まったくついていけない二人の会話に、俺は強めの視線で二人を見つめる。
そんな俺の視線に気付いたのか、甲洋がちらっとこちらの方を横目で窺うようにして見た気がした。
「とにかく。僕の用はこれで終わったし、邪魔にならない内に先に帰るから…。」
そっと総士の掌を離し、甲洋はやんわりと微笑むようにして総士を宥める。
それでも何だか納得いかなそうな総士に、甲洋は何やら耳元で囁いた。
俺からの位置では到底聞き取る事はできないが、囁かれた瞬間 総士の顔がみるみる内に紅く染まっていく。
そして、屋上から校舎内へ続く扉の前に立っている俺の横を通り過ぎようとしたとき、 ふと何か思い出したように甲洋は立ち止まり、再び総士の方へと振り返った。
「総士!今日のこと、後でちゃんと聞かせてよねーっ!」
大きな声でそう言うと、総士に返答させるように促す。
「分かってるってばっ」
その言葉を聞くと、甲洋は満面の笑みを浮かべひとつ小さく頷いた。
そのまま俺の方へ振り向き、軽く肩をポンっと叩かれたかと思うと、明るい口調で一言
「じゃあね、一騎」
そう言ってこの場を立ち去って行ってしまった。

一体、何なんだよ…。

甲洋が立ち去った後、僅かに漂う緊迫した空気。
頬を紅く染め、あんなに笑顔を振りまいていた総士は俯いたまま顔を上げようとしない。
もう本当に俺じゃダメなんだろうか。
それでも、やっぱり俺は……
「……総士。」
せめて訳を聞かせて。 どうして何も言ってくれないのか、それだけでも。
「俺、総士のこと好きだよ。」
誰よりもずっと。君だけを。
「……っ!」
瞳を見開き瞬間的に総士は顔をあげる。
そして、再び一陣の風が俺たちの間を吹き抜けていった。
それに誘われるかのように俺は総士へと手を伸ばす。
優しく包み込むように両手で頬に触れ、目の前にある失いたくない大切な人を見つめた。
「かず…き…」
綺麗な口元が俺の名を呼ぶ。 それは心にすっと馴染んでいき、俺の脳へと伝達を送る。
気が付けば、俺はそのまま総士の唇へ己のものを重ね合わせていた。
「…んっ…んん……っ…」
久々に触れた総士の唇。 柔らかくて、甘くて…。
この感触をもっと味わいたくて、俺は片手を総士の腰に移動させさらに身体を引き付ける。
歯列を割り中へと舌を潜り込ませれば、僅かながら総士がおずおずと応えてきた。
「ふぁっ…ン……んぅ……っ」
総士のこの行動に驚いたのは他ならぬ俺自身。
絶対に突き放されると思っていたのに、反対に総士の方から応えて来てくれるなんて。
どうやら、嫌われているわけではないみたいだな……
そんな考えを巡らせながら、そっと唇を開放した。
「…はぁっ……は、…」
久しぶりな所為か、これだけの事で息が上がる総士。
力が入りきらなくなった身体を俺に預け、キュッと軽く服を握り締めてきた。
そんな総士を愛しくも、まるで硝子細工のような壊れ物を扱うかのように俺はそっと身体を抱きしめる。
「総士…。どうして俺を避けたりするんだ?」
それはずっと聞きたかったこと。
けれど総士の顔をまともに見ることが出来ず、抱きしめる事によって俺は自分を誤魔化した。
不思議と、相手の顔を見ないだけで随分と気持ちが楽になる。
「違…っ……避けてたんじゃ…ない…」
弱々しくも首を横に振り、必死に否定する総士。
「それじゃあ、どうしてまともに俺と話もしようとしないんだ?!」
つい口調をキツメにして問えば、案の定 総士の身体はビクリと震え上がった。
ふと、脳裏に剣司の言葉がよぎる。

『お前、あんま嫉妬ばかりしてっと、本気で甲洋に総士取られちまうぞ。』

どうしてこんな時に思い出すのだろう。
自分でも分かっている。
『嫉妬』というものが、どんなに醜い感情か。
でも仕方が無いじゃないか。
自分の好きな奴が理由も分からないまま俺との距離を置き、気が付けば楽しそうに他の男…
それも自分の仲の良い友達と話しているのだから。
「一騎…。腕、離して」
総士のその言葉に、一瞬にして記憶が飛び 目の前が真っ白になった。
そんな俺の隙を突いて総士は腕からするりと抜け出すと、俺の横をすいっと通り過ぎていく。
キュッと唇を噛み締め、痛いくらいに掌を握り締め俺は込み上げてくる感情をただひたすらに押し殺す。
ここで泣いたら、きっと凄く惨めになる。
そう思い、必死に耐えていると後方にいた総士に名を呼ばれた。
「一騎、これ…。」
そう言われ、みっともない顔をしているであろう表情のまま俺は視線をそこに向ける。
すると、目の前にはほんのり黄色をした大き目の包装紙に、
淡いピンクと水色のリボンで綺麗にラッピングされた物と、小さいメッセージカードがあった。

Happy Birthday TO KAZUKI

その小さなメッセージカードには、流れるようにしなやかで綺麗に書かれた文字。
何度も何度も読み返してもそれは読み間違いではなかった。
思考が……ついていけない。 誕生日?俺の?
「総……士…」
すっかり訳が分からなくなり半ばパニック状態の俺に、総士がクスクスと笑い出す。
久々に俺の前で見せた笑顔。
しかし、今の俺にはそんな総士をゆっくりと眺める程の思考や余裕が無かった。
「本当は、もっともっとちゃんとした綺麗な物をあげるつもりだったんだけど…。
ごめん……今の僕にはこれで精一杯だった」
いや、ちゃんとした物とか、精一杯だったとか言われる以前にもっと根本的に別の問題が……
「総士…俺、誕生日なんてとっくに過ぎてるんだけど」
「知ってるよ。だから今日なの。」
そう言えば、さっきまでここにいた甲洋もそんな事を言ってたっけ…。
どうして今日? いや、それよりもどうして今更になってプレゼント?
そもそも俺は総士とここで何の話をしていたんだっけ?
すでに頭の中がパンク寸前の俺は、その場で固まってしまい やや自我を忘れかけていた。
「今日がね、丁度 僕と一騎の誕生日が真ん中の日なの。」
「は?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、俺は瞳を丸くする。
「一騎の誕生日を知った時には既に9月なんて終わってたし、諦めようかなとも思ったんだけど
やっぱり何か一騎にしてあげたくて…」
次第に俯き加減になっていく総士。
それとは正反対に、徐々に思考が繋ぎあっていく俺。
「女々しいってのは分かってる、けど…っ」
「…総士」
「今日が丁度真ん中だって気が付いたのが1週間くらい前で、慌てて甲洋や剣司に協力してもらったんだ…。」
……そうだったんだ。
だから総士は俺とまともに話す余裕がなかったのか……
知らなかったとは言え、俺って本当に早とちりしすぎだな。
「ありがとう、総士…。 今、ここで包み開けてもいい?」
一瞬、物凄く戸惑った表情を見せたが、総士は小さくもコクンと頷いた。
それを確認した俺は、その場に座り込み綺麗にラッピングされていたそれを丁寧に開封していく。
カサカサと音を立てながら包装紙を取り外し、中にあった箱をそっと開く。
すると、その中には…
「こ…れ、もしかして総士が作ったのか?!」
総士の髪に近い亜麻色に、両端だけは薄いクリーム色をしたそれは 既成の物とは違い、明らかに素人が作った物だとすぐに分かった。
網目はざっくりとしていて、所々で飛んでいるところも見える。
「お前、よくマフラーなんて作れたなぁ。」
「甲洋に…教えてもらったんだ。僕一人じゃどうにも上手くいかなくて……
でも、やっぱ汚くなっちゃって……ごめ…ん…。」
しゅんっと落ち込む総士の姿が可愛くて、俺は思わず笑みが零れる。
俺は手に取って広げていたマフラーを首に巻き、総士へと手を伸ばす。
「そんな事ないよ。すっごい嬉しい……ありがとう、総士」
あの不器用な総士が俺なんかの為にここまでしてくれた事。
本当に本当に嬉しかった。
それと同時に、いくら知らなかったとは言え総士を責める様な行為をした自分を恥じる。
「一…騎…?」
総士がそっと俺の頬に触れ、そこで初めて自分が泣いている事に気が付いた。
俺は本当に幸せ者だ。 こんなにも愛されていて。
「俺も、総士を祝いたい…。」
「えっ?!でも僕の誕生日は一ヶ月以上も先だよ?」
やっぱり、こーゆう事に関しては無頓着なんだよな…総士は。
さっき自分で言ってたはずなのに。
「今日が真ん中なんだろ?俺たちの誕生日の。」
「―――――…あ。」
思わず拍子抜けするくらいに気の抜けた声に、俺は涙で濡れた瞳を細め 僅かながら悪戯っぽく見つめた。
「だったら、俺にも総士を祝う権利はあるよな」
「えっ、でも、これは僕が勝手にやった事だし…っ」
おたおたと目の前で焦る総士の姿があまりにも無邪気すぎて、その何もかもが俺の手の内にある。
顔を真っ赤にしながらも、俺からの返事を期待してるかのような眼差しに自然と口元が弧を描いた。
「丁度今日は親父もいないし、家に泊まりに来い。夕飯は総士の好きなもん 何でも作ってやる。」
「一騎の家に、お泊り…?」
泊まりという言葉に総士は敏感に反応し、四方八方に視線が泳ぎだす。
ちらちらと俺の方を見ては俯いたり、軽く頭を振って何か自分に言い聞かせてたりと あまりのギャップの激しさに思わず吹き出してしまった。
「この、百面相」
そして軽く総士の鼻の頭をきゅっと摘むと、それに驚き総士の身体が跳ね上がった。
「わ…っ。一騎、何する…」
「心配しなくても、夜は寝かせないから大丈夫だよ」
総士の言葉を遮るようにして俺が上から言葉を重ねると、一瞬にして総士の表情が固まった。
放心しているのか、暫くは焦点が合わず綺麗なグレーの瞳が揺れたまま。
嬉しさと、恥ずかしさと、驚きと…
全ての表情を曝け出し、総士は口をパクパクさせながら必死の思いで言葉を形にしようとしていた。
「何、だよっ!その余裕は…っ。さっきまで泣いてたくせに!」
「さっきはさっき。今は今。」
ある意味 開き直ったとも言うが、きっと内心では俺の方が総士より余裕が無いと思う。
それでも、この俺を驚かせてくれた総士に少しでもお返しをしようと
笑って誤魔化し、必死に余裕があるように見せかけた。
「さて、と。そろそろ帰りますか?」
周りを見渡せば、日は落ちかけていて ほんのりと薄暗くなり始めていた。
透き通るような青空から燃えるような紅い空。
そこからは一気に音の無い真っ暗な闇が迫ってくる。
けれどそんな夜空には、懸命に光り輝く星達と、真っ白で穏やかな月の光が全身を包み込むように降り注いでくる。
「やっぱり一騎んちに行くの?」
「当然。一ヵ月半 早い総士の誕生日祝いと、一週間以上ガマンさせられたお礼もしないとね。」
ニッと総士に向かって口角を吊り上げれば、すでに敵わないと諦めたのか小さな声で一言だけ呟いた。
「……………ばか。」


その帰り道に二人だけだけど、パーティー用の食料を買って帰路に着く。
夕飯はもちろん総士のリクエストのものばかり作ってやり、全て総士の為だけに共に過ごした。
夜は言葉の通り寝かせる事なく抱き続けて……
泣いて悲願する総士に悪いと思いつつも、こればかりは止まらなかった。
一週間以上の欲望を全て叩き付けた頃には、日が昇るまで僅か二時間程度という所まできてしまっていた。
さすがの俺もやりすぎたと、後悔もしたが それよりも遥かに上回る暖かくて穏やかな気持ち。
あまりにも幸せすぎて。
このまま時間が止まってしまえばいいのに、と思うほど。


この日の学校は当然の如く俺たちは休んでしまった。
きっと今頃は甲洋と剣司が何かしら言ってるんだろうな……。
そんな俺の考えをよそに、腕の中ですよすよと眠る総士の姿にほんの数時間前の事を思い出す。
再び火照り出しそうになる身体にブレーキをかけ、そっと総士の唇に口付けると耳元で囁くように小さく一言。

Happy Birthday 総士

そして俺もまた深い眠りへと落ちていった。










END






何だかもう、本当にいろいろとゴメンなさい……。
前編なんてどの変が誕生日なんだって感じです(汗)
おまけに暗いし……。
本当はもっと短いはずだったんですけど、書けば書くほど長くなりまして。
気が付けば前・後編に分けなければならない位に長くなってました(死)
こんなモノになってしまいましたが、2日間限定でフリーにしてます。
持って帰ってやるか…なんて言う寛大な方、宜しければ持って帰ってやって下さい。
その際には、BBSかメールで御一報くださると嬉しいです。

2004・11・08

今現在はフリーではありません。
お持ち帰りはご遠慮下さい。

2004・11・20(再UP)