この世に絶対なんて有りはしない。皆、必ずどこかしら欠けている。
それを補う為に、必死に繋ぎとなる何かを探して それを支えとしながら今の自分を保っている。
支えられ、そして支えを必要としている自分も誰かに必要とされて。
人は、独りでは生きていけないのだから…。
『瞳の奥に見えたもの』 -02-
何で。どうして。
今の総士にとって、一番逢いたい人であり、そして逢いたくない人でもあった。
確かに助けを求めたけれど、それでも あんな汚い自分を見られたくは無かった。
胸が…痛い。まるでギュッと心臓を握り潰されているかのように息が苦しい…
「かず…、き…」
掠れた声で、震えた身体で、全身の力を搾り出すようにして目の前の彼の名を呼ぶ。
きっと彼は批難の眼差しで僕を見据えるだろう。
彼に嫌われるのが怖い。以前はこんな気持ちなんて欠片もなかった筈なのに…どうして?
怖くて怖くてどうしようも無いのに、それでも何故か瞳を反らす事が出来なかった。
「総士…」
見舞いのつもりだったのだろうか、何種類かの果物が入った籠を抱えながら
一騎は入り口付近で暫しの間 呆然としながら立っていた。
その視線は、まるで腫れ物でも見たかのように総士の身体全体に突き刺さる。
―――――嫌、だ…見るな。そんな目で見るな。
一気に総士の身体から血の気が引いていく。震える身体はもう抑えがきかず、視界が揺らぐ。
胸が痛くて、頭が重くて…いっそ、このまま死んでしまいたいとさえ思ってしまうくらいに。
「咲良、ちょっと俺達2人だけにしてもらえるか?」
僅かな沈黙の後、ようやく開いた一騎の口からそんな言葉が告げられた。
いつになく真剣な一騎の表情に、咲良は黙って頷くと部屋からそっと出て行く。
再び重い沈黙が二人を包む。
総士は身動きすら出来ずにギュッとシーツを握り締め、黙って一騎を見ていた。
どうしてここに一騎が居るのか、いつ戻ってきたのか、聞きたい事は山ほどある筈なのに
今はそんな事はどうでもいい。
「総士、その…身体…、大丈夫か?」
身体、と言うのは、恐らく数時間前まであわされていた あの行為の事を指しているのだろう。
思わずシーツを握り締めていた手に力が篭る。
平気だ、と言えば嘘になる。けれど、今の総士には弱音を吐くことは許されなかった。
「あぁ。」
短く返事を返すけれど、本心では一騎に縋りたくて仕方が無かった。
でも、あんな汚い自分を見られて、避けられるのが…捨てられるのが怖くて…。
それ以上の事は口に出せずに、言葉を飲み込む。
「なぁ、総士…」
ふいに両頬を優しく掬うようにして包み込まれ、大きく総士の身体が跳ねる。
ほんの数時間前まで総士を犯し続けていた男達の姿と一騎の姿が重なり、
背筋に冷たい悪寒が走り抜け、再び総士はあの悪夢へと引きずり込まれそうな感覚に激しく抵抗した。
「触るな!」
大きく払い除けた手が一騎の頬に当たり、その衝撃で舌でも噛んだのだろう…
つ…ッと赤い液が口端から滲み出るようにして流れる。
「総士、ごめん」
そんな事に臆する事なく、一騎はギュッと総士を包み込むようにして抱きしめた。
2人分の重みにベッドが悲鳴を上げるように軋み、一騎の存在を大きく主張する。
どうして一騎が謝る?どうしてこんなに優しくしてくれる?こんな汚い僕なんかを…
「や…っ…離、せ」
「嫌だ。離さない。」
「一騎!」
触るな…触らないで…。お願いだから、優しくしないで。
痛いんだ。心が、優しくされる度に心が軋むように…張り裂けそうになるほど痛くなる…。
「…離…せっ、や…嫌だっ!」
こんな事は慣れていたはずなのに、一騎の優しさが全てを狂わせる。
シン…と静まり返った静寂の中に自分の呼吸と一騎の呼吸が重なって、研ぎ澄まされた神経を
より一層 強く刺激する。
強く抱きしめてくる一騎の腕が熱くて、掴まれた箇所から帯びてくる熱が全神経に伝い、
自分が求めていた温もりに無意識の内に涙が溢れて止まらなかった。
「や…だ……嫌、ぁ…」
言葉とは裏腹に、込み上げてくる安堵感に自分への抑えが止まらなくなる。
助けて、と心の奥底で求める心と、それを必死に制御してしまう心。
「総士、落ち着け!」
形振り構わず抵抗する総士に、半ば強制的に一騎は総士をベッドへと押さえつけた。
真っ白なシーツの上に亜麻色の髪が散り、華奢な身体が軋むようにしてベッドへと沈む。
途端、総士の瞳が恐怖の色へと変わる。
数時間前の出来事が脳裏に鮮明に映し出され、目の前にいる一騎の姿が一瞬にして掻き消されていった。
「ア…あぁ……ヤ…ぁっ…」
今まで見た事のないほどにガクガクと震えを起す総士に、一騎は一瞬 躊躇った。
このまま総士を抱きしめ続けることは、返って逆効果ではないのだろうか…。
あんな目に合わされていたのも自分の所為であって、今更 守りたいなどと、
そんなのはただの自己満足でしかない。
「総士…総士っ…」
それでも、総士を心の底から守りたいと思った気持ちに嘘偽りは無い。
あの現場に居合わせた時も、怒りに狂い、一瞬にして視界が真っ赤に染まった。
我を忘れ、その場にいた新国連の男達を殴り倒した拳は赤く染め上がり、
総士の傍を離れた事をあれほど後悔した事はなかった。
「…かず…、き……一騎…っ」
現実と幻が混ざり合い、光を失いかけている総士の瞳が宙を彷徨う。
涙で霞んだ景色の向こうに映る一騎の姿は、今や総士からは朧気ではっきりと認識はされなかった。
感じるのは、強制的に与えられた快楽と、吐き気がする程に気持ちが悪い拒絶の心。
「総士っ、俺は…俺はここに居る!」
無我夢中で抱き寄せ、何度も何度も繰り返し耳元で総士の名を呼ぶ。
それでも総士の心は宙を彷徨い、一騎を見ようとはしていなかった。
一騎の背に回された総士の手が引き剥がすかのように力を込め、ギリギリと爪先が食い込み
いつしか じわりと背中に滲み出るようにして衣服へと赤い染みを広げていく。
「――っ…、総士…!」
このままでは埒が明かないと思った一騎は、一か八かの行動に出た。
ヘタをすると逆効果かもしれない。そう思ったけれど、今の一騎にはどうする事もできず、
思った通りの行動に出るしか思い浮かばなかったのだ。
「―――ぅ…んぅっ…ぐ……!」
半ば強引に唇を重ねあわせ、総士の呼吸ごと全てを奪い去るようにして深く口付ける。
熱を帯びた舌先で口内へ潜り込ませれば、奥へと総士の舌が逃げるようにして縮こまっていく。
それをゆっくりと絡め取って、優しく歯列をなぞりながら そっと甘噛みをした。
「…っ……う…んん…ッ…!」
鼻を抜けるような呻きに近い吐息を漏らし、一騎の背に回されていた手に更に力が込められる。
やはり逆効果だっただろうか…そう思った瞬間、ゆっくりと総士の掌から力が抜けていくような感じがした。
未だ身体の震えは治まらないものの、力任せに引き剥がそうとしていた背中への力は
徐々に穏やかになっていく。
「…ン……んぅ…っ」
何度か角度を変え、優しく深く交わっていった唇をそっと離せば、総士の瞳から零れ落ちるように
一筋の水滴が頬を伝っていき、白いシーツに染みを作る。
「総士…俺が分かるか…?」
やんわりと頬を包み込み、なるべく刺激を与えないように抑えながら総士へと視線を流す。
涙で濡れた総士の瞳が一騎を映し、また一筋の水滴が流れ落ちた。
「一騎…っ」
伸ばされた腕は、確認するようにして一騎を離さずに確かにぎゅっと抱きしめた。
To Be Continued
まだ続きます…。
次はエロのみかなー…
2005・10・8
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