In a dream and real interval


それは、あまりにも突然だった。
非日常的なその光景に、何もかもが変わってしまった。
何で。どうして。
どんなに思考を巡らせても目の前の光景は変わる事なんかない。
狭いバスルームの中、鼻につく嫌な鉄の匂いだけが立ち込めていて、目の前には恐ろしいほど綺麗に 赤く染まった総士が冷たくなって倒れていた。



『In a dream and real interval』 -01-




総士の考えている事が分からない。幼い頃から自分の感情を表に出さない奴だったけれど、 成長してある程度は頼りにされても肝心な時には一人で背負い込んでいた。
フラッシュバックの事も、もっと早くに話していてくれれば何かしてやれただろうに。
否、一騎に出来る事なんて背中を摩ってやる事ぐらいだろうが、例えそれだけでも、それだけしか 出来なくても、何もしないで…知らないままでいるのだけは もう嫌だった。
「総士?!」
電子的な音と共に扉が開き、シンプルで殺風景な総士の部屋が視界に広がる。
いつ見ても必要最低限な物しかなく、初めて部屋に訪れた時から何も物が増えていない。
ガラン・・としていて、冷たい空気が一騎に纏わり付く。
「…総士?」
部屋の中は真っ暗で何も見えない。そこに人が居るのか否かさえ、何も分からない。
呼びかけても何も応じず、何も答えない。
ただそこには、冷たい空気が流れているだけ。


ほんの少し前、丁度 家に帰ろうとアルヴィスを出ようとしていた一騎の前に、総士の妹である乙姫が姿を現した。 島のコアである彼女は、いつもひょっこりと意標を付く様にして現れる。
「乙姫、ちゃん?」
「今すぐ総士のところに行ってあげて」
「へ?」
あまりにも突発でそんな事を言うものだから、思わず間の抜けた声を出してしまった。
総士のところにって言われても、やっとメディカルルームでの長い検査も終わって家に帰れると思ったんだけど。
「早く!」
危機迫る勢いで後押しをされ、一騎は訳も分からないまま今来たアルヴィスの廊下を逆走し始める。
時刻は23時を回っていて、廊下には誰も居ない。
不気味なほどに静まり返っているアルヴィスの廊下に、一騎の走る足音だけが反響していた。

「総士、いないのか?」
暗闇の中、手探りで照明のスイッチを探し当て、真っ暗な部屋に明かりを灯せば何も変わらない総士の部屋が 眼前に映し出される。
見渡せるほど広いわけでもないこの部屋は、一瞬見ただけで物の配置まで全て覚えられそうなほどだ。
そんな部屋の主はここに居ない。
乙姫に促されて走ってきてみたけれど、何だかバカにされたようで一騎は僅かながらもイラ立ちを覚えた。
あんな小さな子にこんな感情を湧かせるのもどうかと思うが、 正直いろんな検査を受け精神的にも疲れていた一騎の中でその感情は膨れ上がる。
「何なんだよ」
再び照明のスイッチに手をかけ、明かりを消して部屋を後にしようとした刹那。
「―――」
何か、聞こえた気がした。
この部屋の奥…何か小さな…本当に微かだけれど、人の…呼吸のような音が。
一瞬にして一騎は駆け出していた。
嫌な…予感がする。全身が逆立ち、この奥にはあってはいけないような光景がある…そう感じた。
「―――!」
部屋の奥に設置されている小さなバスルーム。その前にある棚には、総士のフラッシュバックを抑える薬の瓶が いくつも収められている。何種類もあって、総士は毎日の様にこれを飲んでいた。
飲まないと、痛みに身体が引き千切られそうだ…。彼はそう言っていた。
一騎の足元には、その小瓶が何個も転がっていて、中身が彼方此方に散乱している。
その光景に一瞬 躊躇い、ふとシャワーの音のするバスルームへ視線を見やれば……
「総士っ!!」
そこから、一騎の非日常が始まった。
勢いよく流れるシャワーが総士に降り注ぎ、赤い液体を洗い流していく。
右手の近くにはカッターナイフが転がっていて、左手首からは夥しいほどの血液が流れ出ていた。
長い髪が顔に張り付き、表情はよく伺えない。シャワーの水が洗い流してしまった所為か、よく分からないが 吐血もしていたらしく、口元も赤い。
けれど、誰が見ても明白なほど肌は青白く、総士は微動だにしなかった。
「総士!総士!総士っ!!」
無我夢中で抱き寄せ、何度も何度も呼びかける。
けれど返事は返ってこなく、冷たいシャワーの音が一騎の声を掻き消していくだけ。
「そ…しっ…何でこんな事…っ」
抱きかかえた総士の身体は酷く冷たい。呼吸はまだあるものの、それも虫の息ほどだった。
このままだと総士が死んでしまう。いなくなってしまう。
一騎は自分の着ていた服を引き千切り、左手首の止血を施すと遠見千鶴の居るメディカルルームへと駆け出す。
なるべく総士に衝撃の掛からないようにしっかりと抱きかかえて。
しかし、その間にも総士の身体はどんどん冷たく、青ざめていった。
体重も心なしか軽くなったような気がして、呼吸ももう…しているのかさえ分からない。
「総士、死ぬな!俺の前からいなくなったら許さないからな!!」


その声は、今の総士に届いてるかどうか定かではない。










To Be Continued





俺の居る世界がお前の世界で、お前の居る世界が俺の世界。
このまま居なくなったりしたら、俺は絶対にお前を許さない。


2006・1・27