人は、どうしてこんなにも脆い生き物なのだろう。
どんなに気丈に振舞っても、どんなに強く在ろうとも、結局 根っこの部分だけは修正できない。
脆くて弱くて儚くて。
上辺だけ隠しても、根元を掘り返されてしまったら何もかもが簡単に崩れ去っていく諸刃の剣なのかもしれない――。
『In a dream and real interval』 -08-
冷たい北風が吹き曝している中、アルヴィス内は静寂に包まれていた。
総士が目を覚ました事は全島民が知っている。けれど、彼の見舞いに来るものは誰一人いなかった。
一騎と乙姫と担当医である遠見千鶴を除いて。
でも、それは総士自身が望んだ事。一騎自身がそうさせた事。
消えてしまいたいと望んだ総士。けれど、それを決して許さなかった一騎。
二人の相反する気持ちと、相互理解の為に二人の間を邪魔されたくなくて。二人は互いの間に侵入される事を
酷く拒んだ。
「…か、ず……んぁ…っ」
熱く、猛ったものが総士を内側から支配する。
今まで何度も繋がってきていたそこは、一ヶ月のブランクがあったにも関わらず一騎をすんなりと受け入れた。
しかし、力の入らない身体と、筋肉を落として更に細くなってしまった総士の身体は、一騎の力に耐えられないというように
みしみしと音を立てるようにして軋む。
ほんの少し、強く力を込めれば本当に折れてしまいそうで。
酷く小さく感じる総士を、一騎は生まれたての赤ん坊を抱きしめるように、大切に大切に抱いた。
「は…ぁ…アァ…っ!」
深く、抉るようにして強く突かれた衝撃に、総士が弾ける。
真っ白に霧散していく視界と、ゆっくりブラックアウトしていく意識。
目の前に在る、一騎が薄れてゆく。
己の体内に注がれる熱い一騎の想いを受け入れながら、総士は再び意識を手放した。
「…総士」
温かい一騎の温もりと、優しく心に溶け込む一騎の声を聞きながら。
真っ白に揺れる光の中。そして遠くに見える、青く、深く…暗くて寂しい海。
また、何も無い空間。
唯一つ違うのは、そこは真っ暗な水の底ではなく、眩しいくらいに温かい光の中だという事。
「一騎…」
不思議と、総士にはその感覚が手に取るようにして分かった。
そう。この眩いばかりに輝く温かい光は一騎の光。
総士の身体を優しく抱きしめるのは一騎の強い想い。
そして…遠くに見える海は、おそらく自分自身の心なのだろう。
真っ暗で何も無く、冷たい水の中、不思議と怖くも寂しくも無かったのは自分自身の心の中だから。
心地良いとさえ思えてしまったのは、自分自身が望んで孤独を作り上げていたから。
そんな中、ふいに生れ落ちた小さな光。それは、総士が隠し通してきた一騎への想いが形を成して現れたもの。
だから、あの小さな光も心地良かったのだろう。縋り付いてしまいたくなってしまったのだろう。
「温かい…」
自分自身の肩を抱き、ゆっくりと瞼を閉じれば無限に広がる一騎の世界。一騎の色。
身体中で感じる、一騎の温もり。
自分の中の心が、一騎に支配されてゆく。一騎の色に染められてゆく。
…共に溶け、混ざり合って一つに…なってゆく。
「総士、大丈夫か?」
耳元に感じる声に全神経を集中させれば、目の前には愛おしい者の姿。
どんなに望んでも、それは決して手には入れてはいけないものだと、何度も何度も言い聞かせてきていた
希望と言う名の彼。
「…あぁ」
身体中が痛い。けれど、この痛みは幸せの痛み。
彼が教えてくれた、生きる事への希望。望む事の大切さ。身体中で感じる幸福感。
「なかなか目を覚まさないから…また、総士がいなくなるかと思った…」
ぎゅっと抱きしめれば、一騎の腕が余ってしまうほどの細い身体。
一騎は総士の身体を抱き寄せ、首もとに顔を埋めながらそう呟いた。
「…すまない」
総士には、一騎の心が手に取るように解っていた。それは自分自身の心にもあったからだ。
何にも代えられない大切な存在。失う事の恐怖。
「一騎、ありがとう」
「…え?」
「一騎のお陰で、僕は消えずに済んだ。一騎のお陰で、また…生きていける」
ふ、と微笑めば、唇に柔らかい感触。重なり合ったそこから、流れ込んでくる温かい感覚。
「俺も、総士が生き続ける限り、ずっとずっと傍に居る。二度と離さない…」
その言葉の重大さは、もう身を持って実感した。だからこそ、一騎は総士を守り抜く事を決めた。
総士に光を。笑顔を。幸せを。生きる事への楽しさを。
自分が与えていこうと。
総士が見つけられないのなら、俺が与えていけばいい。
不安を抱え込む暇がないように、ずっとずっと笑顔でいられるように。
「一騎は…こんな僕でも受け入れてくれるのか?」
「受け入れるも何も、俺は総士しか見てない。総士以外なんて、考えた事もないよ」
「かず…き」
なんて恥ずかしい事を言うのだろう…。よく真顔でそんな事が言えるな。
内心溜め息にも似た息を吐き出し、けれど本当は言葉に出来ないほどに嬉しくて。
そんな事を言うから。
ほんの少し身を委ねてみてもいいのかな…と思った。
一騎がいるのなら、もう…一人孤独の闇に逃げ込まなくてもいいのだろうか。
一騎になら…涙を…弱みを見せてもいいのだろうか。
「総士。今度は、二人の翼で大空を飛ぼう、な」
優しい笑みで、力強い瞳でそんな事を言うから。
もう…後戻りは出来ないものだと悟った。
逃げずに、一騎と共に歩む道しか目の前には広がらなかった。
僕は――
俺は――
今、翼を手に入れた。
fin
願いは遠く、遥か彼方。
けれど、大切なものは傍らに。
未来永劫、離れる事はない。
2006・3・13
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