勝利の女神は誰の手に-04-


『勝利の女神は誰の手に』-04-




あれから、どれだけの時間が過ぎたのだろう。
静まり返った暗い室内には、総士が漏らすくぐもった声と、濡れた音が頻繁に木霊したいた。
ふと、耳に付いた時を刻む音に目をやれば、総士がいるこの部屋に訪れてからもう随分と経っている。
今も尚 抱き続けている総士の顔を覗き込めば、流石にもう限界に近いという表情をしていた。
それもその筈。 ただでさえ抱かれる側の疲労は半端ではない。
それにも関わらず、一騎はその両腕を封じ、尚且つ口元までもを塞いでしまっていたのだから 当然といえば当然だろう。
「総士……」
涙で濡れた頬にそっと手を添えると、恐怖というものを主張するかのように大きく身体を戦慄かせ 震えて脅えきった眸が一騎を拒絶する。
「……っ…」
けれど、総士にはもう 分かってしまっていた。一騎がこのような行動に出てしまった事。
どれだけ自分が一騎のことを好きで、どれ程までに一騎に愛されているかという事も。
それでも、やはり恐怖という感情は拭いきる事はできない。
どれだけ頭で理解していても、それが人間の当然というべき感情なのだから。
「これだけ解かせば……もう、良いよな。」
そんな台詞が聞こえたかと思えば、欲望の塊りとも言える一騎の熱いモノが宛がわれ 一瞬にして奥まで突き刺さる。
一気に脳天を掻け上がるような衝撃に、総士は大きく瞳を見開いた。
「…―――っ!!…ん、んんっ…クッ…!」
止め処なく溢れる涙。 悲鳴に近い声はタオルによって吸収され、篭った音として吐き出される。
こんな酷い事をされているのに、総士は全てを受け入れた。
もう、分かって…いたから。 こういう行動にしか移せない一騎の不器用さを。
彼もまた、自分と同じなのだ。
素直になれなくて……でも、誰よりも何よりも大切にしたくて。
それであるが故に、嫉妬という醜い感情が強いという事も…総士は承知の上だったのだ。
「総、士……総士っ」
何度も名を呼ばれ、それに応えようと総士は一騎と焦点を合わせるが、 未だに自由を許されない両腕は一騎を抱きしめ返す事も出来ず、 塞がれた口元は一騎を呼ぶ事すら出来ない。
「…っ…ふ…んん…」
ただ、ただ只管に一騎を受け入れ、もう抵抗する気さえなかった。
否、今の総士にそんな余力など残っている筈も無かったけれど、心は全てを悟っていたのだ。
だからこそ、全てを受け止め抱きしめ返してあげたかったのに……

―――…一騎…

心の中で彼の名を呼び、一瞬 力を抜いた刹那…
小さな呻き声と、それに順じて大きく一騎が打ち震え、内部に熱いモノが流れ込んでくる。
「…っ……ふ…ぅっ…」
それに呼応するかのように、総士もまた、自分の腹部に己の欲を解き放っていった。


ゆっくりと視界がブラックアウトしていく中、ふいに頬に落ちてきた冷たいものに 総士は落ちていこうとしていた視界を瞬時にして遮られ、意識をここに留まらせる。
一滴……また一滴と冷たい雫が総士の頬に流れ落ち、次第に冴え渡っていく視界。

………それは一騎が流している涙だった。

「…総士っ…ゴメ……ゴメン…」
その透き通るような透明の雫に、一瞬にして総士の視界が冴え渡っていく。
息を呑み、声を押し殺す素振りなんか見せず ただ漠然と涙を流す一騎を見つめ、 総士は今まで自分が何をされていたかを思い出し、ズキン……っと心が軋むように痛む感覚に襲われた。

―――そうだ。 何よりも傷付いているのは、他でもない一騎自身なのだ。
人一倍 他人を傷付ける事を恐れ、人一倍 他人の事を心配するような一騎が、 今回のこのような行為に走ってしまった事。
ただ、嫉妬という渦巻いた醜い感情に心を奪われ、総士の気持ちを無視して抱いてしまった事。

………きっと、酷く後悔しているのだろう。

大丈夫。分かっている。分かっているよ、一騎……
そう告げたいのに……優しく抱き留めてあげたいのに……
今の総士にはそれが出来ない。何てもどかしいのだろう。
まだ、ほんの少し霞んだ状態の瞳で泣きじゃくる一騎を見つめ、ふんわりと笑って見せる。
それをどう取ったのか、一騎はゆっくりと口元に宛がっていたタオルを取り外してきた。
「…ゲホッ、…ゴホッ、ゴホ…っ」
途端、急に肺に送り込まれてくる酸素に総士が大きくむせ返る。
無理も無い。 強引に閉ざされていた場所に急激に酸素を送り込めば、身体の呼吸器官が驚き 慌てて通常に戻そうと働きかけるのだから。
「はぁっ、は……はぁっ…かず、……」
話すにはまだ苦しい筈なのに、総士は咄嗟に一騎の名を紡ごうとした。
けれど結局は最後まで言い切れず、再びむせ返ってしまう。
「…総…っ…し、…ごめっ」
一騎は何度も何度も謝罪の言葉を口にし、子供の様に泣きじゃくりながら涙を溢れさせる。
その度に流れ落ちていく大粒の涙は、ポタポタと総士の頬へと伝い落ちていき、 淡く煌きを放ちながらスッと優しい匂いのする畳へと滲んでいった。
「…き、…だか、ら…」
「え?」
呼吸の整わない状態で総士は言葉を口にし、けれど上手く形に出来なかった所為か一騎は咄嗟に聞き返してくる。
「僕は…、一騎のこ…と…、好きだか…ら」
途切れ途切れながらも、今度はしっかりとその言葉を耳にし、一騎は再び涙を落とす。
先程とは違った意味での大粒の涙を。
ギュッと総士を抱きしめ、目元を擦り付けるように肩口に顔を埋めていった。
「俺もっ…俺…も、総士が…総士だけが…っ」
もう自分で何が言いたいのかも分からなくなるほど混乱し、それでも一騎は必死になって総士を抱きしめる。
言葉に出来ないのなら、態度で示すしかない。そう思った。

先程とはうって変わり、一騎の瞳も、腕も、全てが暖かかった。
総士もまた、落ち着きを取り戻し始めゆっくりと息を吐き出す。
「一騎……もう いいから…。そんなに泣かないで?」
泣かされていたのは総士のはずなのに、それでも総士は一騎に泣かないで、と一言。
やんわりと微笑みながら、愛おしそうに見つめてくるその瞳は、いつもの穏やかな総士そのものだった。
「だってっ」
半ば自棄になり気味に、一騎は慌てて自分の事のした行いを自分自身に問い詰める。
許される筈が無い。 強姦なんて。
まして、相手は自分が一番大切にしたいと心から思っている かけがえのない人。
それなのに、身勝手な感情で抱いてしまった。

―――――……最低だ、俺。

「…もう良いよ、一騎。 それより、コレ解いてもらえる?」
謝る事で頭がいっぱいだった一騎は、口元のタオルは取り外しても 頭上で総士の両腕の自由を奪っている絡み合った衣服にまで目がいっていなかった。
覚束ない手で拘束していた総士の両腕を解放し、曝け出された手首に思わず息を呑む。
―――――赤い。
散々 抵抗を重ねてきた総士の両手首は、衣服が擦れ赤く染め上がっていたのだ。
暗闇の中、ハッキリと確認とは出来なかったけれど、よくよく見れば服の方にもいくつかシミが出来ていて…
「―――――…っ!」
咄嗟に手首を掴み、確認しようと思った途端……目の前の視界が一瞬にして切り替わった。


優しく頬を掠める亜麻色の髪。そこから香る、仄かに甘い香り。
一定のリズムを刻む、生きている証でもある音。

そう。一騎は、ようやく自由になった総士の腕に、抱き留められていたのだ。










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また…また終わらなかった……ゴフ、ゴフゥッ!(吐血)
一体いつまで続くんですか、コレ。おまけに一つが長いし…(すみません)
で、でもっ、次で必ず終わらせます!
ラストはちょっと明るめにする予定です。
っと言うか、もともと短編だったものを、無理やり連載にしたので暗くなってしまったんです;
なので、ラストは強引にも明るくしたいです!(ぇ)
………剣司、また出します。
ちなみに、危なかったエロ部分は大幅にカット。
さすがに裏行きになり兼ねなかったので…(汗)


2005・4・6