In a dream and real interval


人を愛する事、愛される事。形に見えない何か。
言葉にしても、感じ方は人それぞれで同じに捉える事はないだろう。
それじゃあ、ボクの幸せって何?島を護る事?乙姫を護る事?…一騎と居る事?
……それとも、生きる事をやめられる事?

幸せって何だろう。誰か、教えて――…。



『In a dream and real interval』 -03-




ふと、思う時がある。もし、自分がいなくなったら悲しむ人間はどれくらい居るのだろうか。
もしかしたら、一人も居ないのかもしれない。
そうしない為に、人と深く関わらないようにしてきたのだ。いなくて当たり前。
独り自嘲気味に笑うと、心の隙間に冷たい風が吹きぬける。
「もうこんな時間か…」
時計を見やれば、いつの間にか夜は更けていて23時を過ぎようとしていた。
いつも通り自室に篭り、必要最低限の書類をパソコンを通じて纏めていた総士だったが、 思っていた以上に時間が掛かってしまったことに驚いていた。
これから明日の為の書類も纏めなくてはならないのに。
ふ、と一息つくと、急に身体が重くなったと思ったら呼吸が著しく低下する。
四肢が引き裂かれるような痛みと、脳裏を掠める恐怖心。
「…かはっ…は、…」
これもいつもの事。定期的に訪れるわけではない。
いつも突然、ふとした拍子にやってくる。それも、日に日に痛みを増して。
不思議と、すり込まれたかのように足は薬の置いてあるほうへと向かっていく。
自分がどうしてこんなにも生にしがみ付いているのか分からない。分からないけれど、何故か足は自然と そちらへ向かうのだ。
フラッシュバックを抑える薬へと向かって。
「…く…ぁ…あ」
指定された量を口に含み、水で体内へ送る。これもいつもと変わらない動作。 痛めば薬を飲み、飲む事によって全てを忘れる。何も変わらない、これが総士の日常。
「はぁ、は…ぁ」
ちくり、と腹部が痛んだ。これは何の痛みだろう。腕が痛い。足が痛い。頭が、硬い岩石に打ち付けられたように 激しく痛みを増す。
その内、視界も霞んできて景色が歪み始めてきた。
もう、指定された量では痛みを抑えることができないのか、総士は覚束ない手で更に薬を求めて棚へと手を伸ばすが、 身体は言う事を聞かずにその場で崩れ落ちる。
その拍子に棚に並んでいた薬瓶も床へと落下し、その衝撃で中身が其処彼処に散乱する。

痛い…痛い…痛い。

けれど、総士の悲痛を聞いてくれる人は誰も居ない。
自分がそうした。何でも独りで率なくこなし、助けなんて求めた事はなかった。
人と距離を置き、自ら離れて行ったのだ。そうして、独り孤独の闇を広げていた。
――…ただ一人、一騎を知るまでは。
「か、ずき…」
名前を呼んでも彼はここに居ない。今頃は自宅で休んでいる頃だろう。
けれど、何故か名前を呼ばずにはいられなかった。一騎の名前を呼べば少しは楽になれるような気がして。
まるで何かの呪文の様に総士は一騎の名前を呼び続けた。
「かずき…かずっ…」
一向に治まる気配のない痛みに、噛みしめていた唇から血が流れ落ちる。けれど、そんな些細な痛みでは この痛みを紛らわす事はできない。なら、もっと大きな別の痛みなら…
そう思ったら、気付けば小さなカッターナイフを手にしていた。
「…これ、なら」
スッと左手首に刃を立てる。思っていた以上に簡単に刃が食い込み、赤い液体が流れ落ちた。
でも。まだ足りない。もっと強く。もっと深く。
ぐっと右手に力を込め、更に切り裂こうと思った瞬間、胃から込み上げてくる何かに咄嗟に口元を押さえ込んだ。
「げほっ…けほ、げほっ…」
掌を見つめれば、そこにも赤い液体。僅かに流れ落ちる左手首とは違く、ボタボタと零れ落ちていく。
これだけの大量の血を吐くという事は、体内は相当 酷いのだろう。
「…はは…もう、この身体も保たないのかな…」
ゆっくりと身体を起こし、シャワーのコックを捻る。勢いよく流れる水が一気に総士の体温を奪い去っていく。 けれど、総士にはその感覚が分からなくなっていた。
「このまま居なくなれたら…」
その言葉を口に、先程より一層力を込めて左手首を切り裂く。
ドロリと流れ出る赤い液体を確認すると、総士はそのまま瞳を閉じた。

一騎なら…僕の事を少しでも悲しんでくれるのだろうか。こんな僕なんかに涙を流してはくれるのだろうか。
ねぇ、一騎。一騎にとって、僕はどんな存在だった?
僕の居場所は、本当はどこに在ったんだろう。
薄れゆく意識の中、そんな事を思った。今更 考えてもどうにもならないのに。
「総士、いないのか?」
そんな事を考えていた所為か、一騎の声が聞こえた気がした。
正直、自分がここまで一騎に執着してるとは思ってもいなかった。何と女々しいのだろう。
けれど、最期に幻聴でも一騎の声が聞けてよかったのかもしれない。
「何なんだよ」
そう言って、立ち去ろうとする気配が感じられた。
幻聴でも夢でも何でもいい。
最期に一言、君に伝えさせて。
(ありがとう…)
音にならぬ声で一言告げると、総士の意識はぶつりと切れた。
「総士!総士!総士っ!!」
頭の中に直接流れ込んでくる好きな声。
その声は、もう聞くことはないだろうけれど。










To Be Continued





痛いのは心?
それとも身体?
分からない…分からない。

生きる事をやめれば、もう考えなくて済むのかな…


2006・3・4