In a dream and real interval


真っ暗な水辺に、ふわりと広がる波紋。
風もないのに、ゆらりと揺れる小さな波。
音も無く、光も無く、寒くも無いこの場所は、一体どこだろう。



『In a dream and real interval』 -05-




ぴちゃん。
また、一滴 小さな波紋が広がる。真っ暗で何も見えないのに、それは手に取るように分かった。
深い深い水の中、僕はゆっくりとその中に沈んでいた。
真っ暗で何も無いのに、不思議と怖いと思わないのは何故だろう。反対に心地良いとさえ思えてしまうのは 何故なんだろう。
此処はどこ?僕は誰?
深く沈めば沈むほど、記憶が曖昧になっていく。
でも、どうでもいい。もう何も考えたくない。ここはこんなに心地良いのに、どうして無理矢理思い出さなければ ならないのだろう。そんなに大切な事だったのか…?

ズキン。

痛…い。何かを思い出そうとすると、頭が割れそうになるほど痛くなる。
こんな思いをしてまで、僕は何を思い出そうとしてるのだろう。
『――総士』
声が…、聞こえる。何だか、とても懐かしい声。知っている声。
けれど、周りを見渡してもそこには誰も居ない。真っ暗な闇の世界。
気の所為かと、瞳を閉じようとすれば再び声が聞こえた。
『総士』
総士――。それは僕の名前なのだろうか。何だか、あまりよく思い出せない。
それでも、この声に呼ばれるのは好きだったような気がする。温かくて、優しくて、安心できて。
とても安らぎをくれた…気がする。
「…誰?」
初めて音として発しただろう自分の声は、恐ろしい程クリアに響き渡っていった。
再び小さな波紋が広がる。深い水の底なのに、どうして波紋が広がっているのが感じ取れるのか分からないが、 確かに今、小さな波紋が広がった。
真っ暗で無音のこの水の底に広がった小さな波紋は、次第に大きく広がり全ての水を包み込む。
ゆらゆら揺れる水面が総士に触れ、そこから小さな光が生まれた。
「あたたかい…」
この真っ暗な深い水の底でただ一人、静かに沈んでいても心地良かったけれど、今ここで生まれた この小さな光も温かくて心地良い。
初めて照らされた光にもっと触れたくて、そっと手を伸ばすがその光はすぅっと消えていってしまった。
「待っ…」
慌てて追いかけようとするが、時すでに遅し。そこは再び真っ暗な世界。
光と闇。それは相反するもの。
けれど、光があるから闇が生まれ、闇があるからそれを照らすために光がある。
ここの闇も心地良いけど、それを照らす光も欲しいと思ってしまった僕は傲慢なのだろうか。
もう一度…あの光に触れたい。
そう思えば思うほど、ここの闇が一層深くなったような気がした。


「まただわ…」
総士が意識を失ってから1ヶ月。毎日の様に総士の検診をしていた千鶴が何かに気付いた。
あれから毎日訪れていた一騎も今では週4日程度で訪れ、変わらず総士に話しかけている。 時には忙しさの余り日数が減ってしまう事があるが、それでも何かと理由をつけては総士のもとへ訪れて話しかけていた。
「なぁ、総士…お前いつまで寝てるつもりだよ。いい加減起きてくれないと、俺…おかしくなりそう…」
総士の居ない世界なんて考えた事も無かった。傍に居るのが当たり前で、それが一騎にとっての日常だった。
総士はいる。確かに此処にいる。けれど、ここにいる総士は生きながら死んでいる。
こんな苦痛は無かった。
「また、反応があった…」
モニターを凝視していた千鶴が、ポツリと呟く。
それはほんの些細なものだったけれど、もう間違いなんかではないと思う。
一騎が訪れるたびに僅かに反応していた脳波。それは、確実に目覚めの兆候でもあった。










To Be Continued





早く、目覚めて。
君を待っている人がココにいるよ。
君をずっとずっと待っているよ。


2006・3・13